先週の家族例会では、親睦・ロータリー家族委員会の皆様ご苦労様でした。楽しく過ごさせていただき有難うございました。
先日朝早くに目が覚めてテレビを点けましたらマザー・テレサの放送をしていました。
マザー・テレサは1979年12月10日にノーベル平和賞をノルウェー・オスロ大学の大ホールにて受賞されました。その時の映像で、「まずともに祈りましょう」と人々に呼びかけられ、「主よ、あなたが平和をもたらす道具として私をお使い下さい。憎しみのあるところには愛を、不当な扱いのあるところには許しを、分裂のあるところには一致を・・・」。マザーの捧げたのは聖フランシスコの平和の祈りでした。
それから世界各地で人道的支援を目指す市民の活動が盛んに行われるようになりました。もっと貧しい人たちに寄り添い、手を握り、語り続けることで一人ひとりの尊厳を守りつつ、それが平和への道筋になると、マザーは問いかけ続けられました。
平和は一人ひとりの取り組み、生き方に帰結する問題です。豊かさ・貧しさを考える上で認識の転換が必要です。「貧しいのは私であり貴方である。私たちの貧しさが貧困・紛争を引き起こしている」と。
「死を待つ人々の家で、今わの際の人たちと向き合って手を握った時、『貧しい人たちに愛を投げかけている』と思っていたのが、まったく逆で実は彼らが愛をくれている。お金には換えられない豊かさ、愛や平和につながる豊かさ、今の社会からもうひとつ次の社会のあり方を展望するものを与えてくれた」と。
インド・コルコト(カルカッタ)で、1997年9月5日マザーは87歳の生涯を閉じられました。
先週金曜日に、会員増強の件で福田会員、長井会員、高松会員と4人で集まり食事をしながら話をしましたが、なぜか退会防止の話になりました。いま、食い逃げはいけないと自分に言い聞かせながら、新会員の勧誘に努力しています。今月中に目途を立てて是非来年1月にはゲストとして例会にお招きしたいと思っています。大下会員増強委員長のご提案を、会員の皆さん、4つのテストに照らし合わせてよく考えてください。経営者がよく言われるのに、「結果のない努力は努力とは言えない」という辛辣な言葉もあります。どうか宜しくお願いいたします。
先週言いましたが、今月は家族月間です。皆さん良くご存知だと思いますが、ロータリー情報集によると、「家族月間(Family Month)は、RI理事会で、マジィアベ2003~04年度会長が家族の重要性を強調していることを認識し、12月を家族月間に指定した。ロータリアンにプロジェクトや活動・行事を通じて家族と社会への献身を示すとともに、クラブおよび築はロータリー家族委員会を設置し適切な会員退会防止プログラムの実施が奨励される」と記されています。
D.K.リー会長は語りかけておられます。
12月は家族月間です。今こそ、私たちの家族に焦点を当てて、ロータリーの奉仕に家族を巻き込み、困っている人々のためにさらなる支援ができるように挑む時です。なぜならば、私たちの助けを待っている多くの家族、大勢の子どもたちがいて、私たちはロータリアンとしてこの事実を見過ごすわけにはいかないからです。私たちはあらゆる場所にいるすべての子どもたちが、良い人生、健康な生活を手に入れる日まで、現在もこれからも休むことはできません。私たちは、飢餓や疫病、欠乏が存在するすべての子どもたちの「夢をかたちに」するまで、休んではいられないのです。ロータリアンとして私たちは出来るはずです。
ではロータリー家族(Family of Rotary)にはどのような人たちが含まれるのでしょうか。言うまでもなく、文字通りロータリアンの家族、すなわち配偶者、子ども、両親といったような人たちは入ります。これには亡くなられたロータリアンの家族も含まれています。しかしそういった人たちばかりでなく、ロータリーの様々なプログラムに参加している、あるいは参加したことのある人たちも「ロータリー家族」なのです。
来週はクリスマス夜間例会です。是非とも家族の方々と一緒にお楽しみください。
皆さまこんにちは!!
本日卓話をしていただきます広島修道大学教授豊田利久様、「不思議の国のラオス-いくつかの謎を解く」というテーマでのお話、楽しみにしています。宜しくお願いいたします。
今日は、先週土曜日に行われました広島中央ロータリークラブ創立30周年記念講演でのお話をさせていただこうと思っております。演題は「青少年健全育成と地域防犯」で、講師はおやじ日本会長、前東京都副知事竹花豊様でした。竹花様はかつて広島県警本部長に着任されたこともありまして、皆さんもご存知かとも思います。
メモしてきたまま講演の概略をお話します。
子どもたちはこのままではどんな大人になってしまうのでしょうか。大人たちは子どもたちに、どんな大人になって欲しいか考えないでズルズルと来てしまったのでは・・・。大人の責任は知恵と勇気を出して大人の姿勢を見せるべきです。
深夜の徘徊や少女は下着を売りそれを合法的に売買する社会が存在したり、東京都はそれを問題として見逃さず、条例の改正をすることで抑制出来始めています。
子どもの心象風景は、自分は社会に受け容れてもらえなかった。社会はすべてを受け容れてくれるはずだったのに。受け容れてくれない社会に責任を転嫁して、「こんなはずではなかった」と感じているのではないでしょうか。
ブラジルの親たちは子どもたちに、どうやって食っていくのかしか言わないそうです。日本の親は色々な事を言い過ぎるように思います。
広島には、イメージは暴走族、暴力団、校長先生が自殺する県、警察は舐められている、何をしているんだという思いで赴任してきました。暴走にはパトカーをぶつけてでも止めるように。子どもたちには声掛けをして社会に取り戻すことで落ち着きが生まれ広島は成功しました。
なぜフリーターになったのか問われない社会。いい時代だよと言って若者たちを錯覚させる社会。右肩上がりの経済成長で生まれた歪みです。
大人たちの立ち振る舞いも、子どもをほったらかして遊ぶ。すべて自分のためにとものを考え、簡単に離婚もします。「ゆとり教育」とは、だれのためのゆとりなのでしょうか。競争を教えないで遊んでばかりいていいのですか?一生懸命勉強してもらわないといけないのに、そのままで良いよと子どもを育ててしまった。ゆとりという言葉のイメージがそうさせたのでしょうか。
学校5日制で遊びの時間が増えました。ゆとりを悪いメッセージの方で受け止めてしまったのでしょう。
引きこもりは32万人。ニートが80万人。不登校の割合は3,2%になります。ものすごい数が蓄積されていって、この先社会はどうなってゆくのか。昔は勤労意欲が高く、個々の能力も優れていました。このままでは良くなりません。
中国嫌いの石原東京都知事でさえ、北京オリンピックへ行った後に、「中国の青年は輝いているよ。羨ましいよな」と言っていました。危機感を持って問題を捉える人が増えています。
教育改革も表面を論じているだけで、本質的なところを掘り下げないと、10年、20年後に今より良い社会は望めません。本気で子どもたちを育てるために、賢くない親、いい加減な大人たちは深く反省して、社会全体が危機感を持たなければなりません。
表現の自由とか、個性とか、語感は良いですが無責任な言葉はさて置いて、もっと先を見据えなければどうしようもないわけです。大人社会の責任を果たすには、子どもたちに関わって具体的な努力をします。後押しをします。お互いが足の引っ張り合いをしないで補完しあってゆけば良くなります。
携帯は子どもたちを成長させません。携帯を持たせれば子どもは安全などというのは完全な神話です。殺された子どもたちはみんな携帯を持っていました。子どもに携帯を持たせること自体がいかがなものかと思います。韓国では罰則があります。アメリカなど西欧でも使用料を親が払うなどという馬鹿なことはありません。日本だけです。
どうか親として、大人として、もっと思慮深く毅然とした態度で子どもたちに接して下さい。いまの子どもたちのために、そしてその次の世代のためにも。
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